引越で処分するものはなるべく自分で捨てよう

引越作業もする便利屋さん的なところでアルバイトをした事があるのですが、意外と皆さんは人任せで片付けると言う事を選んでいるようです。

簡単にすませるには良い方法ですが、費用的に考えると廃棄処分代金などが発生して思った以上の引越費用がかかってしまうこともあります。

まず引越を考えたら、引越先でも使いたいものと使わないもの、買い替えたいと考えているものを選別しておくと良いと思います。

そして、要らないものはなるべく地域のゴミ収集手順に従ってゴミとして処分しておく方が良いのです。意外とこんなモノまでゴミとして出せるのかと思うものも、ゴミ収集場所まで運ぶだけでお金も掛からずに処分できる事があるからです。

大きいものでも粗大ゴミで出せば持っていってくれる地域もあるのに、引越屋さんに処分をお願いすると新しいものの購入費用が無くなってしまうような金額を請求される場合もあります。

本当に公共のゴミ集配で処分が出来ないようなものや、分別に手間や時間の掛かりそうなもの、引越費用に十分の余裕があるなどの場合は頼んで簡単な方法としては、引越屋さんについでに処分してもらう事が本当に簡単です。

でも、引越屋さんの本心は案外面倒くさい作業になるのは避けたいと言うのが本当のところなのです。特に引っ越しシーズンは時間勝負だったりしますので、表情には出しませんがハッキリ言って面倒なわけです。

仕事を頼む側も頼まれる側も気持ちよく引越を終わらせるためにも、あらかじめミニ引越しの内容確認と見積もりをチャントしてもらう、そして、捨てられるものはなるべく自分で処分をしておくというのがトラブルを回避するためにも大切だと思います。

布団が台無し

一人暮らしをしはじめた年。非常事態が起きました。

なんと布団が吹っ飛んでしまったのです。

しかもそれに気づいたのは夜中。

単身引っ越ししてから一度も干してなかった布団。

ようやく思いいたってお天気のよいある朝、干して出かけました。

その日は早めに帰る予定だったので布団を干してしまったのですが、結局予定が狂って、帰ったのは深夜1時。

「あー、布団出しっぱなし」と思い至ったのも、12ぐらいに終電に乗ってからでした。

でも大丈夫かなと思いながらアパートの前に立つと、私の部屋のベランダに、何ひとつぶら下がっていません。

「うそ?!」と思って一階の小さな庭を覗き込んでも、そこにもない。どこにもない。アパートを一周してみたけれど、見当たらない。

暗いからかも、と思っていったん探索は中止して、その日の夜はソファで寝ました。

でも次の日の朝、またアパート周りを調べたのですが、なにも見当たらないのです。

「盗まれたのかも」なんてバカなことも考えました。

が、町の様子があまりにも不自然なので、ようやく気づきました。

昨日は天気はとても良かったのだけれど、風がめちゃくちゃ強かったのです!

ということは、布団も飛ばされてしまったかも、と思い、アパート周辺をもっと距離を伸ばして探索してみると、なんと、3棟も向こうのマンションの下で、私の布団が見つかったのです。

「よかったー!」と安堵して布団を引っぱった瞬間、その感触におののきました。

一晩北側の土の上に直に置きっぱなしにされた布団は、朝露でべちゃべちゃになっていたのです。

完全に駄目な布団になってしましました。

その後私はそのアパートで3年半暮らすことになるのですが、布団を一体どうしたかというと、そのまま処分することにして、敷き布団なしでソファで寝続けました。

あの時の布団のことを思うと、本当にかわいそうなことをしました。

うまくいかなかった一人暮らし

高校も卒業し、就職にも付き、一人前になったと思っていても、実家にいると自由に生活することもできずにやれ門限だ、朝帰りは外出禁止だと叱られ、「もう一人前だ!」と親に怒鳴り散らしてはストレスを溜めていた18歳の頃。

もう嫌だ、ひとり暮らしもできる給料だし、出て行ってやると、会社帰りに不動産屋に寄ってアパートを探してもらい、部屋も決めて契約。

と、「未成年者は保護者の同意が必要です」と言われて撃沈するかと思いきや親は許可してくれまいと叔母の家へ行き、説得の手伝いをしてもらい、契約。

引越しは赤帽にやってもらいました。やっと手にした自由。夜遊びも朝帰りも自由。自炊もせずほとんどアパートには帰らない毎日、楽しくて仕方がなかった。

久しぶりに帰って郵便物を見るまでは。携帯、ガス、水道、電気、すべて止められる寸前。でもお金はない。遊びに使い、食費も友達に借りていた。もちろん未成年なので、借金など親の知らないところでは作れないのでどうしようもなくなった。

「母さん、お金貸してください」と電話をできればよかったができない。給料の前借をし、何とか払ったがもう来月は家賃も払えないというところで、最後まで反対していた母から電話が入り、「がんばってるかい?何かあったらいいなよ」と言われ号泣、全部を話し家に帰ることに。

出て行ったときに「もう帰る場所はないと思いな」と言われて部屋も物置になっていたはずなのに、家族全員で急いで部屋を元の通り用意してくれていて、もう結婚するまで絶対に出て行かないぞ!と心に誓った日でした。